岬へ

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馬と犬と人と、
岬の先っぽまで遠出した。
人は馬に乗って。

空高く、
柔らかい風が吹き、
光は透き通っている。

絵に描いたような秋日和。

馬小屋

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雨が降り続き、
北風がびゅうびゅう吹く、
冬がもうすぐやってくる。

その前に馬小屋の屋根をもう少し、
ちゃんとしておきたい、と思っていた。

新しいクバの葉を取ってきて、
屋根を葺こうかと思っていたら、
近所の人が、
「ちょうどいらなくなった雨戸をもらったから、
それを使うといいよ」
と声をかけてくれた。

青いペンキが塗られた雨戸4枚。
馬小屋の屋根と側面に打ち付けた。
カディも、とりあえずこれで、
風雨はしのげるだろう。

しかし見事に、「ほったて小屋」の風情。
こういう粗っぽい造作と色、
南米あたりでよく見た気がする。

ヤポネシア序説

ヤポネシア序説ヤポネシア序説

(1977/02/24)
島尾敏夫編
創樹社


「逆さ地図」というものがあると知った。
富山県が発行した『環日本海諸国図』がそれで、
南北の視点を逆にしている。
東京は、てっぺんの方にある。
(興味のある方は検索してみてください)

sakasatizu.jpg
こちらは、Google Earthで同じようにキャプチャーした地図

こうして見ると、
日本海はまるで大きな湖のよう。
古来、国家という枠組みとは別の形で、
大陸からヒトやモノが往き来し、
混じり合っただろう様子が、体感的に伝わってくる。

逆さ地図、たしかにおもしろい着想だ。
で、私が暮らす、はしっこの島を探してみると…。

あ、やっぱり、ぎりぎりのところにある。
かろうじて見えるぐらい。

なんだか楽しくなった。
大陸とつながる日本、という枠組みすら、
はしっこの島には届かない気がして。

もともと私は、
地球儀をいろいろな角度に回しながら、
眺めるのが好きである。
頭を自由にしてくれるから。

そして、日本人であること、
そう位置づけられることに、
違和感がある。

生まれ育った文化に対する敬意は持っている。
でも、日本の社会が醸すある種の質感には、
どうしてもなじめない。

たとえば、日本の田舎で暮らすことが、
私にはむずかしい。
訪れるだけなら美しく豊かに見える里山も、
どこかその奥に、
閉じた固い感覚があるように感じられて、
息苦しくなってしまうのだった。

その私が、はしっこの島では、
楽に息をしている。
開かれる、流れる、感覚がある。

未来の暮らし方を考える時、
この感覚がとても重要だ、と直観しているのだけれど、
それがどういうものなのか、うまく言葉にできなかった。

そして、南島地域の文献を調べている時、
島尾敏雄さんの『ヤポネシア序説』に出会った。

一読して、にっこり。

さすが文学者だけあって、
表現がすばらしい。
柔らかいのに核心を突いている。

たとえば。
ちょっと長くなるけれど引用してみよう。

「もしかしたら、奄美には日本の持っているもうひとつの顔をさぐる手がかりがあるのではないか。頭から押さえつけて浸透するものではなく、足うらの方からはいあがってくる生活の根のようなもの。この島々のあたりは大陸からのうろこに覆われることがうすく、土と海のにおいを残していて、大陸の抑圧を受けることが浅かったのではないか。」──『ヤポネシア序説 ヤポネシアの根っこ』より

「これは、非常に抽象的な言い方ですが、日本の中には、ある固さがあると、私は感じます。なにか「こつん」と固いものがある。日本人全体に硬化したものがあって、それはどうも日本人というものを狭くしているようです。そういう「固さ」が南に来ると、あまり感じられない。南島に住んでいる人たちに接してみて、やわらかな、なにかを感ずるわけです。」──『ヤポネシア序説 私の見た奄美』より

ヤポネシアとは、日本を、
太平洋に位置する島々の連なりとしてとらえる視点。
奄美に暮らした作家、島尾敏雄氏による造語だ。

はしっこの島は、奄美よりさらに遠くにあるけれど、
ヤポネシアという感覚は、
日本という枠組みより、ずっと親しい。

本書は、ヤポネシアを巡って繰り広げられた、
エッセイ、講話、論文、対談などを一冊にまとめたもの。
島尾氏が提唱したヤポネシア論を俯瞰することができる。

ずいぶん古い本なので、
図書館で見るか、古書店で入手するしかないのが残念だ。
機会があったら、ぜひ手に取ってみてください。

ヤポネシア、逆さ地図、モンゴロイド、環太平洋…。
視点を変えれば、
世界はいつでも新しい姿を見せてくれる。

最近、私が気に入っているのは、
こういう視点の地球である。

hasikkomap.jpg

安らかな

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うららかな晴天。
カディをキャンプ場の芝生につなぎ、
私は木陰で本を読んでいた。

半時間に一回ほど、
カディは草を食べる口を休める。
そして、私のところに歩いて来て、
顔の匂いを嗅いだりして、
気が済むと、また草を食べに戻っていく。

お互いに、なんの要求もないところでは、
きわめて平穏、
安らかな関係が成り立つ。

それなのに、ああ、それなのに。
主導権が必要とされる場面では、
日々、小競り合いが続いている。
それもまた現実。

食養

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草の伸びる勢いが、
目に見えて遅くなった。

最近、カディは、
薄茶色に枯れた草を、
食べることがある。

それもまた、
栄養があるのだろう。

季節の移り変わりに沿って、
体も食べ物も変化していく。

秘文字

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カディの体に現れた、
この不思議な文字を何と読む?

ちょっとこの文字反転したような。

ξ

これはギリシア文字で、
グザイ、クサイ、クシーと読むのだそう。

くさい?

数学では、x と異なる第1の未知数として
用いられることがある。(by Wikipedia)

未知数、ということにしておこう。

水を飲む

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馬は、水を飲むとき、
口をつけて、
水を吸い上げる。

ごくごくごく。
ぷはっ。

カディが水を飲む動きは、
どういうわけか、いつも私に、
小さな幸福感を連れてくる。

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