ピスタチオ

ピスタチオピスタチオ

(2010/10)
梨木 香歩

商品詳細を見る


心待ちにしていた本が、はしっこの島に届いた。
梨木香歩さんの新刊、『ピスタチオ』。

思い起こせば、5年前。
私は、梨木さんの『沼地のある森を抜けて』に、
魂が震えるような衝撃を受けたのだった。
その先見性、感度の高さ、視野の広さ、観点の深さに。
それ以来、この後に続く物語は、
いったいどんな流れになるのだろうと、
本当に「待っていた」のだ、他のどんな作品よりも。

梨木さんの本は、その後も数冊出されているけれど、
それらはまた別の角度で展開される作品群だと感じる。
つまり、この『ピスタチオ』こそ、
『沼地の~』の後に続く物語、なのだと思う。

ストーリーは、40代のライター「棚」が、
不思議な縁に導かれてアフリカの呪術医に会いに行き、
様々な人と、その人にまつわる物語に、
出会ってゆくという話。

埋め込まれている成分は、
シャーマニズム、環境問題、HIV、アフリカ、
動物と人との関係、戦争、トラウマからの回復、
植物の力、セクシュアリティ…。

もちろん、これだけでも十分おもしろそう。

意識しておきたいのは、
「運命に導かれるように旅をして、いろいろな経験をし、
人生について学び、大切なことに気づいてゆく」
という、いわゆる「スピリチュアルな旅」的な本か、
といったら、そうと言えないこともないけれど、
その質感が、立ち位置が、全然違う、ということだ。

甘くない。
カタルシスはない。
わかりやすくもない。

たとえば、この本には隙間がたくさんある。

様々な要素が現れて、
でもその先は語られないまま放っておかれる、
というような箇所が随所に見られる。
エンターテイメントとしての小説なら、
パズルのすべてのピースが当てはまるように、
きっちりと答えがあることが、
読者の満足感につながるのだろうが、
この本はそういう在り方を指向していない。

表面的なストーリーを追う小説ではなく、
ある種の信号を受信する人のために紡がれた、
「特製の物語」というような気がする。

受信した人々は、
それぞれの生きる場所で、
その信号を深化し、変容させながら、
また生きてゆく。

本当の力を持った物語は、
隙間や混沌があるからこそ、
読み手の中に流れ続けてゆくものだと思う。

私は、といえば、もう、
文中から立ち上がってくるあらゆる言葉に、
共振を起こしているような感覚だった。

物語の転回していく感触が、
そう、この角度でしかありえないはず、と、
腑に落ちることばかり。

その感触は、
なぜはしっこの島で馬と暮らしているか、
という私自身のリアリティにもつながっている。

ヒトが構築してきたあらゆることの向こうにあるもの。
既存の手法で解こうとすれば、
手の中からすり抜けていってしまうもの。

それでもこの世界に触れてゆこうとするなら、
「物語」という形でしか、近づけないのかもしれない。

それができる現代の作家を、
梨木香歩さんのほかに、私は知らない。

コメント

非公開コメント

■calendar

05 ←  2017/06  → 07
sun mon tue wed thu fri sat
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -

■search

■profile

河田桟

author : 河田桟

■mail

your name
mail address
title
message

δ