攻撃4

『攻撃―悪の自然誌』についての続き。

誰の中にも必ず攻撃衝動がある。
問題は、それがどこに向かうか、
というだけだ。

むきだしの攻撃性を禁じる私たちの社会では、
多くの場合、それは、
変換されて外に出ることになるのだろう。

もちろん、血の気の多い人ならけんかしちゃうだろうし、
格闘技、スポーツなどは、
攻撃性をそのまま生かすことができる。

ほんのすこし変換すれば、
遊びやゲームがある。
いたずらだって、きっとそうだ。
頭の良さを競うという意味では、
学校の試験なんかもそうかもしれない。

しかし、たいてい、
攻撃衝動はそれほどかわいいもので終わらない。
もっとグロテスクな顔がある。
誰かを徹底的にたたきのめしたい、
という欲求が、くすぶり続ける。

ローレンツも指摘しているように、
親しさと攻撃性は、背中合わせの性質を持っている。
閉じられた関係の中では、
もっとも近い相手に向かう可能性が高い。

外では温厚な人が、
身内には攻撃性を剥きだしにする、
というのは、特別なことではない。
気を許しているから、
攻撃性を出せる、ともいえる。

それが異常に歪められた形で現れると、
DVということなる。

それだけではない。
ちょっと考えただけでも、世の中の様々な問題が、
攻撃衝動と関わりを持っているような気がしてならない。

差別、いじめ、パワハラ、セクハラ、
モンスターペアレント、クレーマー。

ダイレクトに関わる相手がいないひきこもりは、
ネットで誰かを攻撃するか、ゲームをするか。
ある日、臨界点を超えて、通り魔になることもある。

攻撃衝動をどうしても外に向けられないヒトは、
自分に向けるしかなくなるだろう。
自傷行為、摂食障害、鬱病、神経症、そして…。

戦争がなくならないのは、
倫理の問題ではないのかもしれない。

永遠に穏やかでいる、という理想自体が、
不健全なのかもしれない。

人間は誰でも攻撃衝動を持っていて、
なにかのきっかけでボタンが押されたら、
反応として、必ず攻撃性が外に出る、という前提を、
みんなが認識した方がいいのかもしれない。

明日で最後にしたいと思います。

コメント

非公開コメント

■calendar

10 ←  2017/11  → 12
sun mon tue wed thu fri sat
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 - -

■search

■author

河田桟

■mail

your name
mail address
title
message

δ